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9月9日「敵の届かない所」

 ダビデはいのちを狙うサウル王の軍隊に取り囲まれていました。絶体絶命、八方ふさがりの中、「向かい立つ者たちよりも高く私をひきあげてください。」と祈っています。

 夏休みが終わる始業式の日、自らの命を絶つ小さなお友達がいます。また、終わることのない苦しい人間関係に疲れ果てている人、経済的な戦い、苦しい病、思いもかけない災害。私たちは様々と形を変えてくる敵に弱り果てます。「向かい立つものたちよりも高くひきあげてください」と祈るダビデ。そんな高い場所が果たしてあるでしょうか。敵の網に決して足をとられることのない高い場所。それは、永遠の高みです。人生のあらゆる敵が私たちになし得る最終的なことは、私たちのいのちを取ることです。しかし、殺されても死ぬことのない永遠のいのちを持っていれば、敵の手は届かないはずです。十字架の贖いによって、罪が赦され、天国の永遠を約束されているのがクリスチャンです。

 もう一つの高みは、富士山の小学校唱歌です。「あたまを雲の上に出し。四方の山を見下ろして・・」富士山はあたまが雲の上に出ています。私たちも、富士山になったような気分で問題・課題・という雲から頭を出すことが必要です。具体的には「祈り」です。祈りには2つの要素があります。 問題の解決、苦しみを取り去ること、人とのかかわりの中で、助けを求めることです。これらを「神に語りかける祈り」と言います。もう一つは、「神が私に語りかけておられることに、耳を傾けること」です。簡潔に言うならば、「神に耳を傾ける祈り」です。それは、私たち自身の外にある、一つの偉大な力の方を向くことです。そして、この偉大な力が、一人、一人の生活の中で働き、神様と私たちが絆を深めていくと信じることです。「私の神よ 私を敵から救い出してください。向かい立つ者たちよりも高く 私を引き上げてください」

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