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ヨナをなだめる神様


2021年10月10日 メッセージ要約


ヨナ書 4章1-10節  *1


神様のみこころを避けてタルシシュ行きの船に乗り込み、嵐に遭い、魚に呑まれ、3日3晩を過ごし、もう一度ニネべに行きます。そこで、ニネべの人々は回心します。素晴らしい神様の御業が成されました。しかし、4章1節には驚くべき言葉で始まります。「ところが、このことはヨナを非常に不愉快にした。」ニネべの人々が模範的な回心をしたことはヨナにとっては嫌悪感でしかありませんでした。確かに、ニネべはこの後、約60年後イスラエルを滅ぼします。(前722年)このことを考えるときにヨナは正しかったのかもしれません。また、ヨナが「ニネべは滅びる」と言ったことは成就しませんでした。それも、ヨナにとっては恥ずかしいことであったかもしれません。面目丸つぶれです。

 しかし、ヨナの素晴らしさは2節にあります。ヨナは怒って主に祈ります。そして、自分の命をとってください、と激しい怒りを神様にぶつけます。私たちはあまりにも紳士的淑女的にスラっとしていて、神様に怒りをぶつける祈りまでにはなかなか行きません。


 さらに5節では「都から出て、都の東の方に座った。」とあります。

小高い町全体が見える場所に行って、ニネべは滅びる、滅びると思いながらあるいは願いながら仮小屋を作り町の様子を見ます。憐れみ深い神様は唐胡麻を生えさせて、ヨナを暑さから守ります。しかし、8節で神様は虫によって唐胡麻を枯らせます。ヨナは激怒し、また、神様に祈ります。神様はおっしゃいます。「あなたは一夜で生え、一夜で滅びるこの唐胡麻を惜しんでいる。まして、わたしは、この大きな町ニネべを惜しまないでおられようか・・・・」


 この場面、どこかで見たような気がしませんか?はい。ルカの福音書15章に登場する放蕩息子のお兄さんとお父さんの場面です。命からがら帰ってきた弟息子、遊び惚けて遺産を全部使ってしまった弟にお父さんは靴を履かせ、立派な洋服を着せ、手に指輪をはめさせて、大宴会・・兄には何も言わずに宴会はたけなわ・・・。

兄は怒って家に入ろうともしません。しかし、そのお兄さんをもお父さんは優しくなだめます。「おまえはいつも私と一緒にいた。私のものは全部おまえのものだ。だが、お前の弟は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのは当然ではないか。」と。よく似ています。


 やがてイスラエルを滅ぼすニネべの人々を助けた神様、また、立派に仕事をしてきたお兄さんに何の報告もなく、遊びほうけて帰ってきた弟に宴会を開くお父さん。皆さんの心に今、どんな感情が湧き上がっていますか?


 理不尽、神様のなさる意味がよく分からない、ヨナやお兄さんの怒りは当然、正直者は○○を見る・・・・等々。


 私たちはこのような話を聞く時、自分をどの人物に焦点を当てるかで見方は全く変わってきます。自分はまじめなヨナかお兄さんの立場に置くのと、極悪人のニネべや弟息子に置くのと物語の見え方が違ってきます。ヨナやお兄さんならば、神様の愛を理解するには難しいです。しかし、自分が極悪人のニネべの人々や弟息子に置くと、何とも言えない温かな気持ちになり、神様の愛の深さを見ることが出来ます。


 神様はニネべを救うために、あるいは弟息子のためにヨナやお兄さんを説得するのです。私なら、放っておくでしょう。なぜならまだまだ理解できないと思うからです。しかし、神様は違います。放っておくことはしません。真面目なヨナもお兄さんにもどうしてもわかって欲しい、理解して欲しいと必死に説得します。「あなたは、自分で労さず、育てもせず、一夜で生えて一夜で滅びたこの唐胡麻を惜しんでいる。ましてわたしは、この大きな都ニネべを惜しまないでいられるだろうか。そこには、右も左も分からない12万人以上の人間と、数多くの家畜がいるではないか。」と。


この神様のおことばはヨナから数えて約800年後、十字架上で聴かれます。

そのとき、イエスはこう言われた。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」彼らはイエスの衣を分けるために、くじをひいた。 ルカ23:34


 ヨナ書4章を見ると思います。ヨナはこんなにも神様のお扱いをうけながら、ニネべの救いを不愉快に思い、唐胡麻を悲しみます。あの魚の腹の中での祈りは一体何だったのかと思います。一方、私たち自身もクリスチャンになっても自分の弱さや不甲斐なさに直面します。どうしてなのか・・。神様はそんな私たちを決してあきらめません。その証拠が十字架です。十字架にすべての解決があります。十字架に行きましょう。


 また、ヨナをなだめてくださる神様の愛、変わらない私たちに付き合ってくださる神様に感謝をしたいと思います。


「神である主は一本の唐胡麻を備えて、ヨナの上をおおうように生えさせ、それを彼の頭の上の陰にして、ヨナの不機嫌を直そうとされた。ヨナはこの唐胡麻を非常に喜んだ。」4:6



主は言われた。「あなたは、自分のことで労さず、育てもせず、一夜で生えて一夜で滅びたこの唐胡麻を惜しんでいる。ましてわたしは、この大きな都ニネべを惜しまないでいられるだろうか。そこには、右も左も分からない12万人以上の人間と、数多くの家畜がいるではないか。」4:11


 神様の愛を私たちにも深く深く教えて下さい。




*1 ヨナ書 4章1-10節

4:1 ところが、このことはヨナを非常に不愉快にさせた。ヨナは怒って、

4:2 【主】に祈って言った。「ああ、【主】よ。私がまだ国にいたときに、このことを申し上げたではありませんか。それで、私は初めタルシシュへのがれようとしたのです。私は、あなたが情け深くあわれみ深い神であり、怒るのにおそく、恵み豊かであり、わざわいを思い直されることを知っていたからです。

4:3 【主】よ。今、どうぞ、私のいのちを取ってください。私は生きているより死んだほうがましですから。」

4:4 【主】は仰せられた。「あなたは当然のことのように怒るのか。」

4:5 ヨナは町から出て、町の東のほうにすわり、そこに自分で仮小屋を作り、町の中で何が起こるかを見きわめようと、その陰の下にすわっていた。

4:6 神である【主】は一本の唐胡麻を備え、それをヨナの上をおおうように生えさせ、彼の頭の上の陰として、ヨナの不きげんを直そうとされた。ヨナはこの唐胡麻を非常に喜んだ。

4:7 しかし、神は、翌日の夜明けに、一匹の虫を備えられた。虫がその唐胡麻をかんだので、唐胡麻は枯れた。

4:8 太陽が上ったとき、神は焼けつくような東風を備えられた。太陽がヨナの頭に照りつけたので、彼は衰え果て、自分の死を願って言った。「私は生きているより死んだほうがましだ。」

4:9 すると、神はヨナに仰せられた。「この唐胡麻のために、あなたは当然のことのように怒るのか。」ヨナは言った。「私が死ぬほど怒るのは当然のことです。」

4:10 【主】は仰せられた。「あなたは、自分で骨折らず、育てもせず、一夜で生え、一夜で滅びたこの唐胡麻を惜しんでいる。

4:11 まして、わたしは、この大きな町ニネベを惜しまないでいられようか。そこには、右も左もわきまえない十二万以上の人間と、数多くの家畜とがいるではないか。」


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